不二越病院の変遷

変遷

1934年 職域診療室を開設
1937年 専任の医師をおき、診療所とする
1939年 現機能オフィスの一角に不二越健康保険組合を創設
1940年

「工場病院」として不二越病院に改称、整備
現ロボット第一工場辺りにあった不二越工科学校の施設を改造し診療にあたる「内科・外科・眼科・耳鼻咽喉科・歯科」

1942年

不二越病院を隣接地区に新築する
富山市西長江敷地52,140平方メートル、延べ10,420平方メートル
新たに小児科・産婦人科・皮膚泌尿科・レントゲン科を加えて総合病院に創業者井村荒喜の厚生医療方針に厚生省が注目、支援 金沢大学医学部の協力を得る

1944年 看護婦養成所を開所(昭和24、不二越高等看護院となる)
1945年 富山大空襲にさいして、市民に開放
1951年

戦後、GHQの指令にもとづいて県から要請をうけ、不二越病院を富山県へ委譲、富山県立中央病院となる
8科、ベッド数260、医師23人、従業員190人

1957年 不二越健康保険組合を再発足
1958年

不二越病院を現正門横に改めてつくる
地域医療と産業衛生管理をつよめる鉄筋2階建て、延べ530平方メートル
内科・外科・レントゲン科・小児科・歯科・眼科・健康管理科

1959年 人間ドックを開始
1971年

3階建てに増築、延べ4,200平方メートルへ

1975年 富山医科薬科大学(現:富山大学)の協力をうけて、人工透析室、整形外科を設ける
1989年 「株式会社不二越」創立60年を記念して新築移転
現在地正門向いに移す富山市東石金町5階建て、延べ4,730平方メートル
2006年

不二越病院を増改築
健診センターを拡充13科、総人員160人、延べ6.560平方メートル